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過去の日記2018年07月

07月31日(火)
 「茄子更新剪定」
 今年の茄子栽培は完全に失敗です。マルチを敷いて苗の植え付けまでは順調でした。ところが春先の晴天&高温が続いて時に水やりを怠った事、マルチめくって追肥するところをおおちゃくして、マルチに穴を空けてそこから追肥、そして成長初期に害虫に葉を食われる等など思い当たる事が多々あります。そんな訳で、我が家の茄子は茎が細く、背丈も50cm程しかありません。他の農家さんの茄子は葉は覆い茂り、背丈の1mと2倍ほどあります。 そんな経緯もあり、今年の茄子は諦めました。但し、「秋ナスは嫁に食わすな!」という格言がある程秋ナスは美味しいらしい。
 秋ナスと言う品種があるわけではなく、夏の茄子の枝葉の全てを半分程に選定してしまいのです。そうすると枝と葉の付け根から新しい芽が出て来て、新たに実をつけたのが、俗に言う秋ナスです。
 葉も害虫にやられていて、更新剪定で蘇るかは分かりませんが、何事もチャレンジ。美味しい秋ナスが出来たら拍手喝采。 
 07月30日(月)
 「当選祝い」
 前トップの急死に伴い、我々の仲間でナンバーツーだったN君が選挙に立候補して見事に当選した。そんな訳で少しは落ち着いたという事で、昔から仲間だった7人で当選祝いを行いました。最初は名古屋で行う予定でしたが、昔から縁のあった岡崎駅近くの寿司屋が是非と言うお願いがあり、岡崎のお寿司屋で行いました。まぁ、この7名は昔から名古屋や京都をはじめ、県外に行ってみたいお店があると、事ある毎に出かけていたメンバーなので、格式張った当選祝いの会と言うより、公務等で気の抜けない日々を送って見えるので、今日は気楽に話し合ったり笑ったりできる会と言う事で、彼も気楽にストレスを発散しているようでした。 でも、この会も続けれたらなぁ。と思う反面、ナンバー2と異なり政治家となってしまったので、チョット住む世界観が違うかなぁ・・と一寸だけ感じるものがありました。
07月29日(日)
 「台風被害」
 25日の徒然草で「台風でも良いから一雨欲しい!」と馬鹿な事を書いた報いでしょうか?台風12号が八丈島から伊豆半島沖を経由して渥美半島沖を通り伊勢半島に上陸すると言う、通常の台風概念が通用しないコースを通っていきました。
 ここ数年は台風の進路に入っていても、進路方向の左側だったり、右側なら鈴鹿山脈に遮られるなど、「来るよ、来るよ」と言っても大したことが無かったので、今回も根拠もなく大丈夫と高をくくっていました。通常渥美半島沖を通過する台風は進路方向の左側になるのですが、今回は東から西に進む台風なので、進路方向の右側に位置します。しかも山などが無い為、防雨風雨の直撃状態。蜂が低い所に巣作りをしていた事も徒然に書き込みした覚えがあります。今年は台風被害を覚悟しておいた方が良いかもしれません。
 さて、本題の台風被害ですが、トマトのカラス被害を避けるためにネットでトマトを覆っていましたが、今にも倒れそうに傾いてしまった。トマトも強風で落下し、4本ほどが倒された。孫息子Dのところはゴーヤの棚が完全に倒されてしまい、ゴーヤの蔓にひきつられる様、ミニトマトも倒れてしまった。
 残念ながら台風の余波で、強い西風が吹き荒れ、通り雨も降る事から普及には時間が掛かりそうです。
  
07月28日(土)
 「台風に備え」
 今夜未明から明日にかけて台風が東海地方を直撃する事は間違いなさそうです。4月から夏野菜だと騒いできましたが、考えてみると異常に暑い事と雨が少ないと言う事を除けば、極めて楽に栽培で来た環境かも知れません。そんなお気楽モードで今まで来てしまったので、「急に台風が来る!」と言う事に対して、補強&養生などやっておかねばならない事が沢山あり、畑を飛び回っていました。夏野菜には「頭でっかち」と言う宿命と言うべき共通事項があります。トマトは下から赤らみ、7月下旬の収穫末期には人間の背丈ほどになり、葉も実も胸の高さより上にあります。キュウリも2m程伸びてネットの上部が密集した状態です。キュウリより顕著なのがモロヘイヤでネット全体に葉は覆い茂り、先端は2m高のネットを乗り越えて反対側まで覆い茂っています。他にもアスパラガスは葉が覆い茂り、少しの風で茎から折れてしまいそうです。他にも茄子やピーマンそしてオクラなどが風邪で根から倒されないように盛り土したり、要らない葉を落とし、風通しを少しでも良くするように管理しました。
 後は海側を通るより山側と通って進路方向の左側に成るよう祈るだけです。
 
07月27日(金)
 「義援金&支援金」
 以前お客さんで災害支援金を寄付したいが受け付けて見えますか?と聞かれたことがあった。日本赤十字や赤羽共同募金の担当者から義援金は受け付けているが支援金は・・・・と相談されたことを思い出した。少しポリシーを持った方で、災害現場でいち早く復興の手助けになるのは「支援金」であり「義援金」じゃぁ無い!。とお叱りを受けた。その時は日赤も共同募金も義援金しか受け付けていなかったので、ご本人の気持ちを受け止め、日赤等にも意見として上げていく事で理解を頂いた。因みに整理するとふるさと納税などの「寄付金」は・・被災者支援活動をする団体(主に自治体)へのお金。このお金は公共道路や湾岸の復旧支援事業のために使用されることが多い。「義援金」とは・・被災者に直接渡されるお金。しかし、平等に渡すために事故からしばらく経ってから配布される。         「支援金」とは・・被災地で活動を行う団体や機関(NPO・NGO)に対してのお金。
 以上のとおりで問題の義援金は被災者に直接配られるが、圧倒的に遅いと言う事が問題の本質です。
 何で今日はこの話題かと言うと、コンビニなどの決済を電子決済を利用している為、小銭が無く募金箱があっても寄付がしにくい環境になっているなと感じたからです。 
07月26日(木)
 「LEXUS岡崎」
 トヨタがレクサスブランドを立ち上げて10年以上が経過します。LEXUSディラーの建物が昨年から3年計画で順次改築工事が行われます。筆柿の購入先ディラーが7月8日に新装オープンした、という事で記念品引換券を持って行ってみました。内装は木目を基本に改装されていて、受付カウンターは蕎麦屋さんでよく見かける一枚板のテーブルで作られています。ラウンジは無垢の床板で作られていてセンターを囲むように囲炉裏風に作られていました。何といっても嬉しかったのがキッズルームがオーナーラウンジと繋がっていて、孫たちを気楽に連れていける様に改装されていた。因みにキッズルームの玩具は木で出来たものが多く、機関車トーマスの映画も流れていた。記念品は今治ブランドのバスタオルでした。
 ところでカローラ店やトヨタ店と同様にLEXUS店があると思って見える方が多いと思いますが、カローラやネッツそしてトヨペットやトヨタなどの各ディラーがLEXUS店をを作っているって知って見えました。因みにLEXUS岡崎は愛知トヨペットが経営母体です。 
07月25日(水)
 「雨ごい」
 お天気マークについては、本来なら雲があったりして、晴れ時々曇りとか、晴れのち曇りなどお天気マークに悩むことがあるのですが、最近は悩むことなく毎日マークが続いています。昔の話をすると爺と言われそうですが、職場で汎用コンピュータのシステム開発を担当していた頃は、夕方になると必ず刈谷の依佐美の鉄塔方向で雷雨が発生し、西尾デンソー方向に迫ってきたものです。アナウンスで「雷が迫っていますので、パソコンによるデータ更新にはご注意下さい」と注意喚起していました。もちろん無停電電源等は整備していたのですが、当時は未だパソコンと云うものが一般的に普及してなかった時代だからやむを得ない処置でした。
 さて、毎日と言う程、夕方になると雷や夕立が発生していたのです。それが今では「ゴロゴロ・・ピカー」そして、夕立が「バシャ-・・」という音と光を聞いたことがありません。 昔は怖い物の例えで「地震・雷・火事・親父」と言われていました。最近はオール電化で火事も激減し、雷も激減、親父の威厳も失墜してきているので、子供たちの怖い物は地震しか残って居なくなりました。
 本題から外れてしまいましたが、雷雨でも夕立でもはたまた台風でも、一雨欲しいと願う今日この頃です。 
07月24日(火)
 「暑いには暑いが・・」
 太平洋高気圧とチベット高気圧の2枚掛け高気圧のお陰で、北陸からの熱波が中部山岳地帯を通る事でフェーン現象起こし、全国規模で熱い中でも中部地方が突出して暑く危険だそうです。確かに暑いですが、コンクリートジャングルの中にいる皆さんと異なり、雑草ジャングルの中で仕事をして居る者にしてみれば、午後からの日差しの傾き、影の長さ、秋風を思わせる風など、肌に感じる感覚としては既に残暑のイメージなのです。
 夏に燃える筆柿としては7月初旬から夏休みまでが一番好きな時期かもしれません。
07月23日(月)
 「オクラ収穫」
 慌ただしかった夏野菜も収穫の最盛期を終えようとしています。因みに今年の夏野菜の状況ですが、トマトは合格点、茄子とタイカーメロン等の瓜そしてきゅうりは病気にやられてしまい落第点、初挑戦のスイカは予想以上の出来が期待できる程に成長していて、後は収穫を待つだけです。同じ初挑戦のとうもろこしは一瞬の害虫処理の遅れに伴いに1割程度の収穫量にとどまってしまいました。ピーマンとモロヘイヤそしてゴーヤについては順調で合格点がつけられます。
 さて、そんな夏野菜の状況ですが、本日からオクラの収穫が始まりました。風通しを良くするための整枝を行いながらの収穫でしたが、明日からは食べきれない程の収穫が始まりそうです。
 ところで、猛暑、酷暑が続いていて熊谷で観測史上最高の41・1度を記録したそうです。ニュースと言うニュースで地球規模で気候変動が起きている様子を伝えています。筆柿も一日に最低3Lは水分をとって熱中症&脱水症状に成らないよう気を付けています。
07月22日(日)
 「共同墓地清掃」
 お盆前に一斉に集まって行う墓地清掃です。お寺さんが来て無縁仏にお参りした後で一斉掃除を行います。今日の掃除は自宅の墓周りの掃除ではなく、通路や未だ売れていない区画などに生えた草などを取る作業。小高い丘う上にあるので、風さえ通れば比較的涼しい所ですが、運悪く今日は無風に近い状態で、何処に避難しようと汗だくになってしまいます。
 草刈りにしても墓地掃除にしても、地域の人が集まって作業をする「お役」ですが、何時も居るだけ、作業はするが自分に関係する場所だけ、良く働く人、等などチョット見渡せば目に留まるものです。作業をしている振りをしていても、案外目に留まるものですねぇ!
 あの人は何時も・・・と言われないように、信頼を得るにはこういう時の積み重ねが大事ですな!
 
07月21日(土)
 「夏休み」
 世間では今日から夏休みです。しかし、今まで余りにも暑かった事と日の長さを思うと、夏休みになったのに日の入りが早く感じ、夕方になると思いのほか涼しく感じて、何となく秋の気配がと思う程です。「夏男、夏大好き人間」としては今までの様にギラギラしていて、「あちぃ・・参った!」と闇雲に騒いでいるのが好きで、何となくピークを過ぎ、ただ暑いだけの夏は心淋しいのです。
07月20日(金)
 「初スイカ」
 スイカ栽培に初挑戦中の筆柿です。指南書には「1本の苗に枝を4本伸ばし他は摘芯。延ばした枝の15葉から25葉の間に着いた実を大きく育てる。」とあります。従って大玉のスイカは4個、中玉&小玉スイカなら8個収穫できることになります。大玉スイカは難易度が高いので、初心者は小玉スイカがお勧めとあります。そんな経緯もあり、大玉と小玉を1本づつ植えたつもりでした。最初は指南書のとおり4本の枝に摘芯管理していたのですが、途中から子ツル、孫ツルがジャンジャン伸びて来て、至る所にピンポン玉大のスイカが実を付けます。指南書では育てたい西瓜を残し他は摘み取る。とあります。
 株元から蔓をたどっていけるほど簡単ではありません。みんな本当に指南書の様に管理しているのか不思議に思い、近くでスイカ栽培している人に聞くと「自家消費用であり、摘芯などせずに生るだけならせている。」、との事。そんな訳で味は知りませんが、筆柿も諸先輩を見習う事にします。
 早く収穫して包丁を入れてみたいものです。 
07月19日(木)
 「桃狩り」
 某回転すし主催の桃狩り旅行に応募し当選?に伴い出かけてきました。前回は宝石工場に1時間閉じ込められるコースがセットされていたが、今回は山梨の印鑑(姓名判断)がセットされた桃狩り&メロン1個付きの旅です。何故当選に疑問符をが付くのかはバスに乗車すると直ぐに納得します。前回の宝石同様に今回も満席の44人中男性は夫婦同伴の僅かか4人。バスの中はお喋りなご婦人方でやかましくてたまりません。また、トイレ休憩や旅行会社の策略で泊まる場所ごとに購入してくる土産袋でバスの棚は現地に着く前に落下しないか心配する程一杯の状態。
 新東名から朝霧高原経由で山梨へ。肝心の桃狩りですが、農園に到着と同時に雷が鳴り響き、夕立の様な雨が激しく降ってきました。安全を期し為、部屋の中で桃の食べ放題を経験。我々愛知県人は手で皮がむけるような、柔らかめの甘い桃が好きですが、山梨県人は少し硬めのシャキシャキした桃が好きとの事。贅沢な食べ方をしても2個~3個食べれば十分です。
 朝7時20分に東岡崎を出発して8時45分に帰ってきたのでチョット遠すぎる感じです。運転手に距離を確認すると、550kmとの事でした。
 今回のようなイベント旅行なら次回は欠席する確率が濃厚です。 
 07月18日(水)
 「JA地域懇談会」
 19時30分から地元の公民館でJAの29年度決算た30年度事業計画、そして意見交換会が行われた。回り番の様な感じで昨年からJAの地区総代と言う役を仰せつかっているので参加してみました。地域農業はじり貧で農家らしい農家は周りを見渡しても片手で数えられる程度。さて、参加してみると、昔は農家だった高齢者ばかり。いや!筆柿も統計上は高齢者の仲間入り直前なので、正確に言えば、後期高齢者ばかりです。明らかに参加記念品を目当ての方も半数ほど見られます。まぁ!記念品が無ければ集まらないことはJAも良く知っています。内容は総代会で説明の有ったJA事業報告などを40分に纏めたDVDを見て、意見は何も無しの1時間で終了。
 管内の主要農家である「ハウスいちご農家」が30軒ほどありますが後継者が居ないので、今の代でイチゴは廃業する。という農家が半数以上との事でした。農業が勤め人程の収入が約束されなければ、全ての作物農家も同じ運命では、、、お隣の国が食物輸出を制限すれば、石油危機以上の事態になるかも!
07月17日(火)
 「梅干し干し」
 猛暑や酷暑はたまた地獄の様な暑さ等と表現しようのない暑さが続いています。ちょっと前までは梅雨明けは何時頃になるかと騒いでいたのに、どうなっちゃたのかと思う程の気候です。梅雨が明け晴天が続くような日を見極めて「梅干しの天日干しをしよう!」と指導書に書かれていますが、週間予報を見るまでもなく、一気に天日干し出来そうです。
 昨年は自宅の梅で3kg仕込みましたが、今では野菜炒めやゴーヤチャンプルー等に梅干しを入れると、夏の暑い時期でも食欲が増し、美味しく食べられる事を覚えた事で、我が家の食卓に欠かせない存在になっています。
 減塩ブームとかカツオ風味やはちみつ漬けなどのアレンジ梅干しが出回っていますが、連日35度超えのクソ暑い夏を乗り切るには、塩分濃度18%の如何にも梅干しと言う我が家の梅干しが一番です。梅紫蘇が好きだと言う息子の要望に応え、例年の2倍の梅紫蘇も漬け込みました。
 今日から3日以上干して完成です。 
07月16日(月)
 「水やりと草刈り」
 東北旅行で畑に入らなかった代償は大きい。植え付けたさつま芋の苗は干からび始め、里芋の葉も茶色く枯れ始めています。とまぁ!今日も水やりや剪定&摘芯そして草刈と畑仕事の内容がほとんど毎日同じ。強いて異なる点を上げれば、7時から9時場合によっては12時まで汗だくになって働き、シャワーして16時まで一休みと、午前中は暑さに負け、午後3時ごろからおもむろに畑に行く。など働いている時間帯が異なる程度で、作業内容に変化なし。
 従って、東日本大震災復興応援旅の回想を書き込みしていると、帰ってからの徒然草に書き込む出来事が分からなくなってしまうのです。
 「私はだあれ、、、今日は何してたかなぁ!」の世界かも。
07月15日(日)
 「河川愛護」
 河川愛護と称した川沿いの草刈です。草と言ってもイタドリやセイタカアワダチソウは人間の背丈はありそうな程に成長し、幹は既に竹の様になっていて、薄手の鎌では歯が立ちません。草刈機も切れ味の鋭い刃が取り付けてあれば良いのですが、皆さん草刈りが忙しい時期なのおのずと磨り減った刃が取り付けられています。切れ味の悪いのに追い打ちをかける様に、葛の蔓が絡みついて作業を一層困難な状況にしています。
 さて、皆さん考える事は同じのようです。1時間少々で河川愛護も終了。折角と言うか草刈次いでという事で、孫息子D周辺の草刈へ向かうと、既にお隣の畑で草刈機の音が鳴り響いていました。また、少し離れたところからも草刈機の音が聞こえてきます。
 草刈りに芝刈りとフルタイムで草木と格闘した日でした。東北旅行記を追いかけ書く作業を行っていると日々の徒然が手付かずとなり、一向に追いつく気がしません。
 
07月14日(土)
 「朝どれとうもろこし」
 「朝どれとうもろこし」
 北海道に旅した時や信州方面の道の駅などで頂いたとうもろこしは、絶品と言えるほど美味しく、気温が高く気温差の少ない筆柿地方ではこの美味しさは作れないものだと思っていました。
 とうもろこしは採れたてが一番美味しいと 言われていますが、正確には、収穫と同時に美味しくなくなり始め、2日も過ぎれば美味しさも栄養も半分以下になると言われている代物です。従って、北海道で美味しいと言っていた、朝どれとうもろこしを直送しても手元に届くころには2日経ってしまいます。1本~2本なら直ぐに食べてしまう事が出来ますが、1箱(10本)も購入してしまうと、美味しくなくなったとうもろこしを食べなくてはなりません。
 実は、初挑戦したとうもろこしは害虫にやられてしまい4本しか収穫できませんでした。しかし、収穫直後に茹でて食べてみると、北海道で食べたとうもろこしに勝るとも劣らない美味しさです。
 この「朝どれとうもろこし」が味わえるのは生産者だけです。来年はもっと上手に作って見せます。
07月13日(金)
 「憎き雑草」
 久しぶりの畑です。第一声が「凄げぇ~草」。畑を囲む土手や未作付け地はある程度は覚悟をしていましたが、車で進入している通り道が車体の底が擦るほど草が伸びてきています。35度を超える暑さで、植栽したさつま芋は瀕死の状態。水が必要な里芋に至っては、葉が茶色く枯れ始めています。種蒔きして芽が出るかなぁ、と期待していた万能ねぎは、乾燥して地割れを起こしそうになっています。雑草は灼熱の太陽に照らされても青々して成長していきますが、栽培した野菜はことごとく枯れ果ててしまう。この差はどこから来るのかなぁ! と、文句をタラタラ言いながら汗だくになって草刈りを実施。3ℓ~5リットルは水分補給しての作業で内臓が弱ってしまいそうです。
07月12日(木)
 「動けず!」
 洗濯物やパンフレット類の整理など、チョチョット片付けて、ご無沙汰していたモーニングコーヒやほったらかしになっている畑の状況を見て回るつもりでした。が・・ 
07月11日(水)
 「偕楽園~袋田の滝~東京湾アクアライン~自宅」
 「水戸偕楽園」
 珍宝柿のタグにあるように3大〇〇とかを制覇していこうと決めて行動しています。日本3名園に数えられている偕楽園は梅で有名なため水戸のお土産も梅に関するものが多数あります。さて、肝心の偕楽園は、梅の花が咲き乱れる時期以外は、庭園としての見どころが乏しく、御三家などの政治的理由が無ければ恐らく3名園に入らないのではと思いました。
 「袋田の滝」
 日本3名園の次は、日本三名爆に数えられている「袋田の滝」に向かいます。日光:華厳の滝(97m)、熊野:那智の滝(133m)と圧巻の高さと水量を誇りますが、袋田の滝は高さは120m程ありますが、滝壺にめがけて滝が落下する2つの滝とは少し異なる滝です。
有料ですが町営のトンネルとエレベータを利用すれば滝の真正面から見られるので、見ごたえという観点で言えば一番好きな滝かもしれません。
 「海ボタル」
 ここまで来たら是非立ち寄ってみたい東京湾アクアライン。自称、悪党党である浜田幸一(ハマコ-)の政治的事業で出来たと言われる公共事業ですが、今となって考えてみると、必要な施設であり、改めて先見性を持った事業だと思います。
 アクアラインは高速道路とは別料金になり、単純に海ボタルで遊んで帰って来ることも出来ます。高速道路と同じと思っていたので、海ボタルに行くには千葉県側から入り神奈川県に行くものだと思っていましたが、ナビは神奈川から入れと指示したので不思議に思っていました。神奈川のが早かったのです。
 「強行突破」
 兼ねてから宿泊してみたいと思っていた、富士山を望むララ・御殿場リゾートに宿泊して帰るつもりでしたが、海ボタルでホテルチェックすると高価な部屋しか空いていません。
 悩んだ末、5時間で自宅に帰れるならわざわざ泊まらなくてもという事で、本日帰る事に。23時過ぎに自宅に無事到着。
 今日だけで588.2km、全行程では1891.7kmとすげぇ距離を走破した事に成ります。
 それにしても楽しく自信が付いた旅だったので行ける時にまた行こうと思います。 
07月10日(火)
 「レクサス盛岡~平泉(毛越寺)~水戸」
 フェリーで名古屋に帰るには偶数日の12時50分発で乗船手続きがあるため11時には仙台港に着いていなくてはなりません。当初計画は12日に仙台港発だったので、予定通り観光しながら南下する事に。
 「レクサス盛岡」
 流石に復興工事真っ盛りの中を走ってきたので車は泥まみれです。一寸でも車体に触れようものなら、ズボンが雑巾の様に汚れる始末。「限界だぁ・・」という事でレクサスオーナーデスクにコンタクト。洗車依頼出来る最寄りのレクサス店とナビのルート設定を依頼。レクサス盛岡が9時30分からオープンしていて洗車もOKとの事。この店で購入してないので、洗車は有料(2,000円)でしたが、オーナールームでコーヒーと洋菓子を頂いている間に洗車は完了。ペットボトル1本を頂き「お気を付けて!」のお見送りを考えれば洗車付きモーニングコーヒと考えれば安いかも。。
 「平泉:毛越寺」
 世界遺産である中尊寺金色堂が有名すぎて旅行客の殆どが中尊寺を見て帰られてしまいます。しかし、現世に仏の世界を現した浄土庭園や平安時代末期にみちのく黄金文化として5つの史跡をセットで世界遺産に指定されている。
 「取敢えず南下」
 「さて、山形の山寺、仙台に戻り松島遊覧を行ってからフェリー帰りにするか?、常磐自動車道を南下し相馬や浪江町そして福島原発等を見ていくか?」の判断を迫られた。この時フェリーなら後2泊が必要。成らば宇都宮辺りで一泊、三島スカイウォークを見ながら帰っても一緒かなぁ!という事で東北道を南下し始める。
 「水戸」
 宇都宮餃子を目指して走っていると「今日7月10日は納豆の日とのコマシャルが。「そうだ!3大庭園の水戸の偕楽園と是非行ってみたかった袋田の滝をみて東京湾アクアラインで帰る手があるじゃん!!」という事でSAに立ち寄り水戸にコース変更。東北自動車道から磐越自動車道そして常磐自動車道経由して水戸市に入る。
 水戸プレジデントホテルと名前は高そうですが1泊で5600円と安かった。水戸は納豆しか知らないので「塚田農場水戸店」でお疲れさん。 
07月09日(月)
 「橋野鉄鉱山~龍泉洞~浄土ヶ浜~小袖海岸~盛岡」
 是非とも行ってみたいと思っていた被災地巡りを駆け足で回ってしまったので、今日からは南三陸海岸を北上し、「あまちゃん」の舞台となった小袖海岸&海女センターを目指します。第1回目のガソリン41ℓを給油。こちらではセルフの給油所は一軒もありません。
 「橋野鉄鉱山」
北上を続けると右折25km先「世界遺産:橋野鉄鉱山」の看板が。世界遺産???聞いた事無いなら行ってみようという事で車を右折。現存する日本最古の洋式高炉跡で砂鉄を原料とした古来の製鉄技術では西洋の大砲に歯が立たなかった。そこで鉄鉱石から鉄を生成する技術が確立されたのである。富岡製紙工場などと同じ世界遺産にも拘らず筆柿が4人目のお客と言う事でセンターの方にしっかりと蘊蓄を語られてしまった。
 「龍泉洞」
 国の天然記念物と同時に日本3大鍾乳洞に数えられている。洞内は知られているだけでも3,600mで700mが公開されている。水深98m~120mの4つの地底湖は世界でも有数の透明度と「ドラゴンブルー」と呼ばれる深い青色の湖が芸術品のような鍾乳洞と言われている。
 「浄土ヶ浜」
 火山岩で出来た白い岩肌に松の緑が映える、三陸を代表する景勝地です。震災時には浜の水が全て引いて海の家の屋根に船がのってしまったと言われています。本当はここでサッパ船に乗って青の洞窟に行き浄土ヶ浜パークホテルで宿泊する予定でしたが、濃霧のため観光船は中止、岩も何も見えません。ショック!!
 「小袖海岸」
 浄土ヶ浜の濃霧で震災遺構「たろう観光ホテル」や高さ200mもの断崖に奇岩や怪石、海蝕洞窟が並ぶ「北山崎」の観光を中止。「じぇじぇじぇ」で有名な朝の連続テレビドラマ「あまちゃん」のロケ現場「小袖海岸」に直行。休日は北限の海女さんの実演がありますが、今日は誰もいません。
 ここ(久慈市)で泊まるのもなぁ・・という事でナビで「盛岡」設定すると約2時間40分。思案に思案を重ね、強行突破で盛岡まで車を走らせます。国道281号の山道を延々走ると県道32号、案内表示に二戸や九戸が現れて来る。「じぇじぇじぇ!青森県に入るの?」。今一つ信じられないナビですが、信じる物こそ救われる。と言う感覚に陥ります。高速八戸自動車道~東北自動車道で盛岡に。
 ダイワロイネト盛岡に到着したのが18時40分。運転疲れも忘れ、市内の盛岡冷麺人気店へ
07月08日(日)
 「松島~南三陸~気仙沼~奇跡の一本松~釜石」
 「仙台市:松島」
 復興めぐりの前に、日本三景の一つである松島へ立ち寄ります。松島は相方とツアーの途中で立ち寄っただけで、国宝である瑞巌寺を訪れなかったので、御朱印帳を持っての訪問です。
「南三陸町:さんさん商店街」
 さんさん商店街の対岸に見えるのが防災庁舎です。この庁舎はづ町職員が「大津波警報が発令されました。高台に避難してください」と最後まで防災無線での呼び掛けて多くの命を救った事で知られています。放送室に駆け込み、防災無線のマイクを握り「6メートルの津波が予想されます」「異常な潮の引き方です」「逃げてください」 と呼び続けたそうです。この放送で南三陸町の住民約1万7700人のうち、半数近くが避難して命拾いしたとの事です。なお、この庁舎の屋上2mまで津波が押し寄せたため、アンテナにつかまった人と手すりに捕まり必死に耐えた10人が助かっただけで、放送で呼びかけた彼女の姿はなかったそうです。
「気仙沼市:巨釜半蔵」
 奇跡の一本松に向かう途中の気仙沼市にある景勝地です。海蝕された大理石の奇岩が見どころと聞いていたので、20km程回り道して行ったのですが、何でも津波で高さ16mの石柱が3m程に折れてしまったそうで、人気の少ない寂れた観光地のようでした。
「陸前高田市:奇跡の一本松」
 日本大震災の津波から奇跡的に逃れた一本の松。その後保護に力を入れましたが残念ながら枯れてしまいました。しかし、復興のシンボルとしてモニュメントとして作られました。高額な費用をかけての保存には賛否ありましたが、記憶にも深く刻まれている事実から考えても、復興の象徴としていつまでも残しておくべきだと考えます。
 奇跡の一本松へは駐車場から徒歩で復興事業の中を10分ほど歩かなければなりません。車を降りてすぐ目的地に行けるわけではないので、「ただモニュメントとして一本木があるだけなのに見る価値は?」と感じる人もいると思います。でもそこから何を感じるかは人それぞれです。私は行って良かったと思います。
確かに分割された幹は防腐処理がされており、金属製の心棒が木の中に通されています。また、枝葉部分は完全なる複製で避雷針も設置されています。でも、この場所であの津波に耐えて残っていたという事実には変わりありません。その場所に自分も立ったのだと思うだけでも、この地を訪れる価値はあると思っています。
 昨日の女川丼、本日のキラキラ丼と昼食が豪華絢爛だったので、ローソン釜石でビールとおにぎり&唐揚げを購入して宿であるルートイン釜石へ
07月07日(土)
 「仙台~石巻~女川」
 さて今日から被災地を見て回ります。
「仙台市:荒浜地区と荒浜小学校」
 仙台中心部から10kmの太平洋沿岸部に位置し、歴史ある運河・貞山掘が流れ、周囲に800世帯2,200人の集落と海水浴場がありました。海岸から700m内陸に位置した小学校は、震災時には320人が避難し、2階まで津波が押し寄せた。小学校の屋上から助けを求める映像はこの小学校である。800世帯あった住宅街は住宅再建が認められない震災区域に指定されたので、小学校の周りは荒れ果てた草地で覆われている。小学校のみ震災遺構として仙台市が一般公開&管理している。
 「石巻市:石ノ森漫画館」
 仮面ライダーやサイボーグ009を生み出した漫画家・石ノ森章太郎の世界を体験できるミュージアムです。津波の被害を受けたにもかかわらず、奇跡的に建物が残存。そのため、3階は臨時避難所として機能した。1年8箇月の改修を経て2012年に再オープンした。
 この漫画館から駅までの漫画ロードにサイボーグ009や仮面ライダーのモニュメントがたくさん並んでいる。
 「女川復興街づくり」
 女川に来ると「すべて新しく生まれ変わった街」と言う印象を受ける。津波で全てが流されてしまった事もあり、いち早く復興を願う商店街が立ち上がったところです。駅前からの商店街は新駅などが出来て市街地が新しく形成された様なイメージです。
 ここでは、「壁ドンより女川丼」のキャッチフレーズで有名な岡清さんでウニ&イクラ丼を頂きました。既に観光地化しているので、12時ごろでは売り切れてしまうので早めがお勧めです。
 復興商店街を見て回っていると、全てが段ボールで出来た「段ボールギーニカウンタック」を展示しているお店を発見。因みに展示車は走りませんが、最新の3号車は走るそうです。
 「大川小学校」
 3.11を語る上で避けて通れない「なぜ!大川小学校だけが!」と言われている。
津波が地震発生後およそ50分経った頃に三陸海岸・追波湾の湾奥にある新北上川を遡上してきた。この結果、河口から約5kmの距離にある同校を襲い、校庭にいた児童78名中74名と、教職員13名中、校内にいた11名のうち10名が亡くなるという大惨事となった。普段から避難に関する教育を徹底し児童らだけの自主的避難により99.8%が無事だった釜石の全小中学校や、地震直後より全員高台に避難させ在校児童が全員無事だった門脇小学校とは対照的である。現場に行くと普段から遊んでいる裏山が直ぐ真後ろに有るので、何とも言えない気持ちに襲われた。
「釣石神社」
 縁結びと夫婦円満、子孫繁栄にご利益があると言われている神社です。御神体は、断崖からせり出した”落ちそうで落ちない。”巨石” 。幾多の災害でもビクともしなかったことから、受験生の神様として人気を集めている。階段の白いマークのところまで津波に襲われた。勿論神社は津波に流され再建築されています。
 仙台のホテルに戻ると「2日連続で牛タンはなぁ!」という事で、勝手知ったる「そうだ!塚田農場仙台店」へ
07月06日(金)
 「はるばる来たぜ仙台」
 16時20分に仙台に降り立ちました。宿泊地であるダイワロイネットホテルに直行。最近は車幅制限や重量制限で立体駐車を断られる場合があります。ダイワホテルではホテルに接続して駐車場があり、断られたことが無く、評価も高いので、基本的にはダイワホテルを予約しています。今回は金曜日~2泊なので事前予約しておきました。
 さて、仙台と言えば牛タンです。チェックインを済ませ、「人気のある牛タンの店」で探した店に行きました。厚切り牛タン+ハイボールで仙台を堪能していると、隣の席の方が厚切り牛タンと牛タンシチューを頼んでいます。この牛タンシチューがもの凄く旨そうなのです。思わず「お土産に!」と妙案が。 さて、今日はゆっくり寝れそうです。 
07月05日(木)
 「あれから7年」
 仙台港に向け本日19時に名古屋港を出港します。フェリーに乗るのは鳥羽港~渥美半島と新潟直江津港~佐渡両津港の2回しか経験がない。仙台港に入港するのが明日の16時30分なので、太平洋の大海原を20時間近く航行する事に成ります。緊張と不安を胸に18時頃に乗船。部屋は狭いホテルと同じ感じなのです。荷物を置いてベットに腰掛けると「橋の上で大型トラックが通ると揺れる」あの感じです。でも皆さんがいるラウンジのソファーに腰掛けていれば、船内にいる事を忘れてしまう程です。「しまった!コンビニでアルコール類や摘み、おにぎりなどの夕食類を仕入れて来るのを忘れた。」 皆さん抜かりなく持ち込みのビールやお菓子などですっかり旅行気分。。止む無く、天ぷらそばを頼み、唯一持ち込んでいたハイボールで乾杯です。今から東日本大震災の被災地を見に行こうとしているのに、西日本豪雨で未曽有の被害が出ている様子がニュースで流れていて、チョット感ずるものがあります。
 さて、何にもやる事が無いので寝てみる事に。腰かけていると微妙な揺れも、横になると気にならなくなります。よく船酔いしたら「船底で横になっていろ!」と言われているので思わず納得。
 それにしても、暇なのとディーゼル音が思いのほかやかましい気がします。 
07月04日(水)
 「旅行準備」
 雨が降り畑仕事も出来ず旅支度で一日を終えました。振り返ってみると今日が一番梅雨らしいお天気の様な。さて、明日からの東北大震災被災地巡りの大まかなルートが決まったのでLEXUSが提供している通信機能を利用して目的地をナビに転送する作業を行いました。5日は名古屋港発で6日16時30分仙台港入港。ホテル予約サイトを利用して予約したダイワロイネット仙台。
 仙台では荒浜小学校跡地と松島の瑞巌寺、釜石市ではサイボーグ009で有名な石ノ森章太郎漫画館、門脇小学校跡地と復興商店街、女川町では小学生と教員の殆どが津波に巻き込まれてしまった、大川小学校跡地と落ちそうで落ちない巨石がある釣石神社と復興商店街、南三陸町では最後まで避難を呼びかけて津波に巻き込まれた防災対策庁舎と復興商店街、陸前高田市の奇跡の一本松、気仙沼市や釜石市では復興商店街、最後は「あまちゃん」で有名な小袖海岸を順次巡ってくる予定です。
 今回は純粋に復興応援旅なので観光地は世界遺産の平泉が入っているだけです。
 じゃぁ!明日から徒然はお休みです。。 
07月03日(火)
 「ゴルフ三ヶ根杯」
 学区の有志が立ち上げたゴルフメンバーによるコンペへオープン参加です。オープン参加と言えば聞こえが良いが、ゴルフ場が5組集めると割引券が発行されるため、単なる数合わせのための参加です。従ってスコアを提出しないので、成績表にも絡むことなく、当然商品もありません。
 流石に平日の火曜日です。ゴルフ場は空いていて、1組目のスタートだったので淡々と回ってきました。1週間前のゴルフでヒントらしきものを感じたのですが、その欠片も出ることなく、池ポチャやプッシュアウトOBが止まりません。今日もボール7個紛失の散々たる結果でした。
 ゴルフの本番を重ねるとアプローチなど上手になると簡単に考えていたが、やはり本番での反省点を練習場で補正しないと、一向に上手くは成らないかもしれません
07月02日(月)
 「前倒し」
 明日3日はゴルフ、4日はレクサス店で地図更新、そして5日から東北大震災被災地巡りに出かけます。という事で当分の間は畑はほったらかしになります。昨日種蒔きした枝豆の種を食べようと、既にカラスが周りをうろついています。少なくとも芽が出るまでには、畝全体をネットで覆ったり、釣り糸を張り巡らせてカラス対策をしないとカラスに全部食べられてしまいます。
 要は10日間以上も草刈りや農作物の管理作業が一切できません。汗だくになって西瓜の周りの草取りをはじめ少しでも気になる作業を前倒しで進めておくこととしました。
 07月01日(日)
転送ミスで、本日の徒然草が消えちゃった!!!