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過去の日記1998年5月

1998年5月某日(休日)
 こんな調子で毎日続けれるか?
最近いや少し前から「太った」と感じていた、他人の目にも実感できたに違いない。実は連休明けから体脂肪足る物を計る体重計を仕入れて密かにダイエットに取り組んでいるのである。まだ一週間を経過したに過ぎないがほんのチョッピリだけマイナス方向に向っている、実際に何ヶ月・何年と蓄積されてきた脂身である、短時間で落とせれるはずはない。でも「100g減った、増えた」の攻防が毎日続いている。ここに記載し数ヶ月後の自分に期待したい。
最近新聞で○○市町村、関連する団体等がインターネットをつかって情報発信を・・・の記事を見掛け、日本の情報化とはこのレベルかと痛感する。本場アメリカでは「日本はインターネットを始めたことが記事になるんだって」と実に馬鹿にされているようでたまらない。大統領制でなく各省庁の利害関係が神経細胞の如く絡んだ日本の官僚政治ではゴア副大統領の情報ハイウェイ計画のようなものは出来ないとあきらめざるを得ないのか。
PS 松山千春のコンサートに行き心身ともにリフレッシュしました。
家計が苦しい人のリビングに溢れる物とは
物が多い人は、「買って手に入れる事」や「保有する事」で安心や満足を得る傾向があります。常に何かを買って手に入れていれば、お金は当然減り、家の中は物に溢れてしまいます。家は立派なのに、家計が苦しいというお宅に伺うと、健康器具や楽器、流行の電化製品、便利グッズといった物がリビングに溢れています。家計は苦しいのに、便利だから、健康に良いから、教育に良いから、いつか使うからと、次から次へと買い込み、そうした習慣が家計を苦しめている事に気付きません。更に、どこに収納したかさえわからなくなってしまい、しまいには、同じものをまた買ってきてしまう。 物を買えばお金は減りますので、節約や貯蓄と家計管理をしっかりしたいという場合は、この消費行動を見直し、同時に自宅に溢れている物を捨てて片付ける事が大切です。
極端に物をためこむ人、ミニマリストに走る人、幸せ度は高い?■団塊世代の消費行動とは団塊世代の多くは、物不足やオイルショックといった経験から、安い時に買って貯め込む習慣がついています。また、高度成長期の豊かな時代も知っているのでお金を使うことに抵抗も少ないのが特徴です。結果的に多額のお金を使って、自宅を物だらけにしてしまっているのです。 ■団塊ジュニアの苦労その団塊ジュニア達は、そのような親を見て育っているので、親と同じような消費行動を取るのが一般的です。しかし、高度経済成長を経験した親世代とは違い、収入は増えない、家は狭い……と親とは違う環境の中では、親より苦労するのは目に見えています。そのような団塊世代の親の住んでいる自宅が物に溢れて、実家の片付けに苦労している団塊ジュニアも少なくないでしょう。 このように物を持ちすぎる親を反面教師にしてしまうのが、ミニマリスト(持ち物をできるだけ減らし、必要最小限の物だけで暮らす人)です。お金の事でいうと、浪費家やギャンブル癖のある親を持つと、子どもはそれらを反面教師とし、過度な節約家や貯め込み型、いわゆる「ケチ」と呼ばれる人になるのと同じです。
物を持ち過ぎている人もミニマリストも、どちらも極端すぎて、そこに本当の「幸せ」があるのかどうかは疑問です。大切なことは、足るを知ったうえで自分と家族にとって「良い加減」を知る事です。
高かった物も使わなければ価値がない「捨てられない」理由は、「捨てる=損をする」という想いが背景にあります。100均で手に入れた物は捨てることに抵抗が少ないのに対し、高かった物ほど、もったいないと感じ、損するような気持ちになってしまうから、捨てられません。
しかし、どんなに高かった商品でも、使わなければ、その物の価値はゼロに値します。物の価値は使ってこそ高まるのです。買った値段以上に使いこなすことができれば、物の価値は2倍にも3倍にもなります。 もう一度手に入れることができる自分に!他にも、「もう2度と手に入れることができないかもしれない」と思うと、捨てる事をためらってしまうでしょう。つまり自分の将来に自信が無かったり、未来に期待ができない場合でも、物を捨てることができなくなります。家計が苦しい時は自分に自信が持てない時でもあります。結果的に物を捨てられず、自宅に物が溢れかえります。
「また必要な時には買うことができる」という自信や未来への展望があれば、今ある物への執着が外れます。従って自分を磨き、今以上の自分になり経済的に豊かになっていく事で物を捨てられる自分になるのでしょう。
豊かになった自分の自宅はどんな状態でしょう? 今のように物に溢れ散らかっているでしょうか? やはり、整理整頓されている情景が目に浮かぶのではないでしょうか? そのように考えると、お金や家計や人生と片付けにはたくさんの関連性がある事に気付きます。
一晩でお金持ちになることはできませんが、物を捨てて片付ける事は、一晩でも可能です。今できる事として、片付けや物を捨てる事にとりかかりましょう。そうすれば、部屋に空間というゆとりができるように、心にもゆとりという空間ができ、お金や人生についてじっくり考える余裕ができるのではないでしょうか。
1998年5月14日(木)
 年を取ったと痛感?
そういえば、このところ「衝動買い」をしなくなったのは、この欲しいものと活用するを計算し始めたからと思われる。たとえば店頭でCDが9,800円で売られていました。私のCDは調子が思わしくないから、しかもSCSIにすることで「見栄」がはれるゾと決意。ところが毎日利用しないし当面不自由しない、もっと別に欲しいものがあるのでは?と考え購入を見合わせました。しかも、それをあとになっても悔やんでいないのです。こんな考え方は昔はしませんでした。面白い物件を見つけると、自分が購入できる価格かどうか、機能と値段を天秤にかけることはあっても自分がそれを活用するかどうかは考えず購入したものです。最近は、通常自分がどのくらい活用するのだろうという点におもむきをおき「面白そうなもの」「見栄が晴れる」という評価だけで購入できなくなっている自分を発見してしまいました。
 私の中の「好奇心」が真剣に年を取り始めたようです。
1998年5月13日(水)
 友人がPentium2 400を手に入れるぞ!、こんな話を聞くと、(どうせ数ケ月もしたら半値近くになるのに)という冷ややかな目と同時に、「うっ、その最速マシンを誰より先に体験してみたい」というスケベ根性がムクムクと起って来たりするわけです。でも、440BXが登場した以上ベースクロックが今年には全て100Mhzにはなるでしょうし、そのベースクロック4~5倍の倍率CPUは当然のこととなってくるから、ソケット7で頑張っている互換メーカーたちも焦っていることでしょう。本当はそこまで高速CPUをどんな風に利用するのかというひねくれた考えも起きますが、 「隣の芝は青く」見える我ら日本人はこの不景気な時代においても「趣味のためなら女房も泣かす」とばかり、なけなしの金を「道楽」のためにつぎ込んでしまうのでしょうか。話は変わるんですが「オタク」相手の商売は景気に作用されないという話を聞いたんですが、何となく了解してしまう私はやっぱり「おたく」=「道楽者」ということか?。
P2 400Mhzが20万円代の話を聞くと、ムズムズするのは当然だと思うのです、そして時代に敏感な人たちは只の一瞬でも良いから、他人より早くその世界を見てみたいと欲望しているのです。
1998年5月12日(火)
 少し前にワープロを使用していた方の大半がパソコンに流れているようである。今日パソコン仲間がまた一人増えて嬉しい限りである。何にも取り柄のない拙者が師匠と呼ばれる時代になった。好きなことは時間があっという間に過ぎてしまう。話し込んで息子のお迎えをすっかり忘れてしまった、反省と同時にもっと勉強して完璧な師匠にならなければと誓った日であった。
1998年5月11日(月)
 最近夜にインターネットに接続できない事態が発生、ルーターの設定ミスもあるが、プロバイダも最近接続状態が悪く特にWWWサーバーは異常なほど遅い。メールのアドレスが短いと言う以外メリットがすっかりなくなったと痛感してきた。
 ”サクサク動く”と言ったインターネットを始めた頃が懐かしい!。
1998年5月10日(日)
 早くも始まった言い訳・・・連休からの脱力感から抜けきれない状態で終末を迎えた。よし!又休みだと・思ったその時、頭のリフレッシュに読書をしようと本屋さんに・・当然パソコン雑誌にチェックを入れ、次は漫画コーナーとお決まりのコース。でた!新刊、さっそく2冊購入。その夜はパソコンには目もくれず読破!ちなみに雑誌名は「票田のトラクター」(政治漫画)、「なぜか笑介」(ビジネス漫画)の2冊。
 これが日記の掲載停止の真実
ちなみに9日はパソコンショップで2時間悩みぬいた末、何もかわずに帰宅。この真相は後日掲載。
追伸・・定期購入漫画は上記2冊とクッキングパパ。「釣りバカ日誌」と「浮れ雲」はずーと購入していたが息切れしました。
1998年5月07日(木)
 努力、執念、パワーを痛感した一日だった。
H君はAT仕様のパソコンを使用していたが、昨今のゲームを快適に動かすためにパワーアップが必要と考えた。しかし、奥さんの目(チェック)は厳しく、マシンを交換するなどもってのほかであった。
何とかしたいと考えた彼に知恵が湯水の如く湧いてきた、ATケースにATXマザーを取り付け背面のパネルは2時間以上かけて金のこで切断、見事普通のPentiumからPentium II(266)に大変身、外観は全く変わっていないため家庭は円満である、
H君は普通の、普通の、普通の少年である。でも彼はパソコンのパワーアップが内緒で出来る少年である。
5月06日(水)
 徒然草の初日である。「どう書こう、ああ書こう!」と思っているだけで実際にすらすら書けないものである。
そう言えば学生時代、何が嫌いだったと言えば「読書感想文」だったと思う。子供に夏休みの宿題に読書感想文があり、8月末に「なぜ、早く片づけなかった。馬鹿者」と言いつつ本屋さんに行くと、◎こうすれば書ける読書感想文、◎読書感想文の書き方あれこれ、◎サルでも書ける読書感想文などの本が山積み。
自分の実力を棚に上げて、自分の時代にこれが合ったらきっと”5”だったと思ってしまいました。