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過去の日記1998年5月

1998年5月某日(休日)
 こんな調子で毎日続けれるか?
最近いや少し前から「太った」と感じていた、他人の目にも実感できたに違いない。実は連休明けから体脂肪足る物を計る体重計を仕入れて密かにダイエットに取り組んでいるのである。まだ一週間を経過したに過ぎないがほんのチョッピリだけマイナス方向に向っている、実際に何ヶ月・何年と蓄積されてきた脂身である、短時間で落とせれるはずはない。でも「100g減った、増えた」の攻防が毎日続いている。ここに記載し数ヶ月後の自分に期待したい。
最近新聞で○○市町村、関連する団体等がインターネットをつかって情報発信を・・・の記事を見掛け、日本の情報化とはこのレベルかと痛感する。本場アメリカでは「日本はインターネットを始めたことが記事になるんだって」と実に馬鹿にされているようでたまらない。大統領制でなく各省庁の利害関係が神経細胞の如く絡んだ日本の官僚政治ではゴア副大統領の情報ハイウェイ計画のようなものは出来ないとあきらめざるを得ないのか。
PS 松山千春のコンサートに行き心身ともにリフレッシュしました。


私は、50代に必要なのは「自分を捨てる力」だと考えています。身に染み付いた我欲や見栄の一切を、思い切って捨ててみる。いままで50年生きてこられたのだから、御の字です。これからの第二の人生を輝かせるためにも、人生をリセットしましょう。『論語』には「50にして天命を知る」とあります。私は、第二の人生では自分のためではなく、まわりや社会のために何ができるかを考えたほうがいいと思います。お子さんも大きくなっただろうし、奥さんだって腹を割って話をすれば、きっと応援してくれるはずです。
わが道を貫いた結果、企業から「執行役員解任」「左遷」といった不本意な仕打ちをされたとしましょう。そのときは、「会社に尽くしたのに」「会社の将来のために頑張ったのに」などと、つい「○○したのに」と恨み言をいってしまうもの。でも、それはあなたのためになりません。

詩人の相田みつをさんは、「○○のに地獄」に陥らないようにと諭しています。後ろ向きなことは忘れて、心の負担を軽くしましょう。私の後輩にも社長に疎んじられ、「○○のに地獄」にはまった会社役員がいました。しかし、社長の顔色を気にしなくなったら、見違えるほど元気になりました。

部長や執行役員に選ばれたとすれば、企業も取引先も、あなたが積み上げてきたキャリア、実力を認めている証拠。

「どう転んだとしても、何とかなるさ」と、自信を持ってください。論語には「徳不孤、必有隣(徳は孤ならず、必ず隣あり)」という一節もあります。懸命に仕事をしていれば、それを評価して助けてくれる人が、必ずまわりにいるもの。営業のスキルでも、財務のノウハウでも、何でもかまいません。どこに行っても通用するように自分の腕を磨いておけば、あなたを拾う神が間違いなく現れるでしょう。

もし企業に残れずに出向になったとしても、気にすることはありません。

「人間到る処青山あり」という言葉もあるじゃないですか。私の知人に、倒産寸前の鉄鋼会社に出向させられた人がいました。ところが、その人は会社に馴染んで、立て直しに腕を振るい、その後は再建専門の経営者として有名になりました。もし鉄鋼会社に出向しなければ、その人は大成しなかったかもしれません。出向先を新天地と心得、そこの仕事で最善を尽くせば、自ずと道は開けてくるはずです。

▼江上 剛さんに学ぶ50代の振る舞い方「3カ条」

1. 捨てる力を身に付ける

欲や見栄を捨てると、成すべきことが見えてくる

2. 「○○のに地獄」から抜け出す

恨み事をいっても自分の心が疲弊するだけ

3. 「人間到る処青山あり」と心得る

出向になっても、そこの仕事を大切にすれば、道は開ける

1998年5月14日(木)
 年を取ったと痛感?
そういえば、このところ「衝動買い」をしなくなったのは、この欲しいものと活用するを計算し始めたからと思われる。たとえば店頭でCDが9,800円で売られていました。私のCDは調子が思わしくないから、しかもSCSIにすることで「見栄」がはれるゾと決意。ところが毎日利用しないし当面不自由しない、もっと別に欲しいものがあるのでは?と考え購入を見合わせました。しかも、それをあとになっても悔やんでいないのです。こんな考え方は昔はしませんでした。面白い物件を見つけると、自分が購入できる価格かどうか、機能と値段を天秤にかけることはあっても自分がそれを活用するかどうかは考えず購入したものです。最近は、通常自分がどのくらい活用するのだろうという点におもむきをおき「面白そうなもの」「見栄が晴れる」という評価だけで購入できなくなっている自分を発見してしまいました。
 私の中の「好奇心」が真剣に年を取り始めたようです。
1998年5月13日(水)
 友人がPentium2 400を手に入れるぞ!、こんな話を聞くと、(どうせ数ケ月もしたら半値近くになるのに)という冷ややかな目と同時に、「うっ、その最速マシンを誰より先に体験してみたい」というスケベ根性がムクムクと起って来たりするわけです。でも、440BXが登場した以上ベースクロックが今年には全て100Mhzにはなるでしょうし、そのベースクロック4~5倍の倍率CPUは当然のこととなってくるから、ソケット7で頑張っている互換メーカーたちも焦っていることでしょう。本当はそこまで高速CPUをどんな風に利用するのかというひねくれた考えも起きますが、 「隣の芝は青く」見える我ら日本人はこの不景気な時代においても「趣味のためなら女房も泣かす」とばかり、なけなしの金を「道楽」のためにつぎ込んでしまうのでしょうか。話は変わるんですが「オタク」相手の商売は景気に作用されないという話を聞いたんですが、何となく了解してしまう私はやっぱり「おたく」=「道楽者」ということか?。
P2 400Mhzが20万円代の話を聞くと、ムズムズするのは当然だと思うのです、そして時代に敏感な人たちは只の一瞬でも良いから、他人より早くその世界を見てみたいと欲望しているのです。
1998年5月12日(火)
 少し前にワープロを使用していた方の大半がパソコンに流れているようである。今日パソコン仲間がまた一人増えて嬉しい限りである。何にも取り柄のない拙者が師匠と呼ばれる時代になった。好きなことは時間があっという間に過ぎてしまう。話し込んで息子のお迎えをすっかり忘れてしまった、反省と同時にもっと勉強して完璧な師匠にならなければと誓った日であった。
1998年5月11日(月)
 最近夜にインターネットに接続できない事態が発生、ルーターの設定ミスもあるが、プロバイダも最近接続状態が悪く特にWWWサーバーは異常なほど遅い。メールのアドレスが短いと言う以外メリットがすっかりなくなったと痛感してきた。
 ”サクサク動く”と言ったインターネットを始めた頃が懐かしい!。
1998年5月10日(日)
 早くも始まった言い訳・・・連休からの脱力感から抜けきれない状態で終末を迎えた。よし!又休みだと・思ったその時、頭のリフレッシュに読書をしようと本屋さんに・・当然パソコン雑誌にチェックを入れ、次は漫画コーナーとお決まりのコース。でた!新刊、さっそく2冊購入。その夜はパソコンには目もくれず読破!ちなみに雑誌名は「票田のトラクター」(政治漫画)、「なぜか笑介」(ビジネス漫画)の2冊。
 これが日記の掲載停止の真実
ちなみに9日はパソコンショップで2時間悩みぬいた末、何もかわずに帰宅。この真相は後日掲載。
追伸・・定期購入漫画は上記2冊とクッキングパパ。「釣りバカ日誌」と「浮れ雲」はずーと購入していたが息切れしました。
1998年5月07日(木)
 努力、執念、パワーを痛感した一日だった。
H君はAT仕様のパソコンを使用していたが、昨今のゲームを快適に動かすためにパワーアップが必要と考えた。しかし、奥さんの目(チェック)は厳しく、マシンを交換するなどもってのほかであった。
何とかしたいと考えた彼に知恵が湯水の如く湧いてきた、ATケースにATXマザーを取り付け背面のパネルは2時間以上かけて金のこで切断、見事普通のPentiumからPentium II(266)に大変身、外観は全く変わっていないため家庭は円満である、
H君は普通の、普通の、普通の少年である。でも彼はパソコンのパワーアップが内緒で出来る少年である。
5月06日(水)
 徒然草の初日である。「どう書こう、ああ書こう!」と思っているだけで実際にすらすら書けないものである。
そう言えば学生時代、何が嫌いだったと言えば「読書感想文」だったと思う。子供に夏休みの宿題に読書感想文があり、8月末に「なぜ、早く片づけなかった。馬鹿者」と言いつつ本屋さんに行くと、◎こうすれば書ける読書感想文、◎読書感想文の書き方あれこれ、◎サルでも書ける読書感想文などの本が山積み。
自分の実力を棚に上げて、自分の時代にこれが合ったらきっと”5”だったと思ってしまいました。