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珍宝柿:学術名は筆柿

※ ホームページ内は三河弁で記述され、読みづらい箇所が随所に現われます。m(__)m

徒然草07月(第1週)  過去の日記&TOP写真

07月09日(月)
 「橋野鉄鉱山~龍泉洞~浄土ヶ浜~小袖海岸~盛岡」
 是非とも行ってみたいと思っていた被災地巡りを駆け足で回ってしまったので、今日からは南三陸海岸を北上し、「あまちゃん」の舞台となった小袖海岸&海女センターを目指します。第1回目のガソリン41ℓを給油。こちらではセルフの給油所は一軒もありません。
 「橋野鉄鉱山」
北上を続けると右折25km先「世界遺産:橋野鉄鉱山」の看板が。世界遺産???聞いた事無いなら行ってみようという事で車を右折。現存する日本最古の洋式高炉跡で砂鉄を原料とした古来の製鉄技術では西洋の大砲に歯が立たなかった。そこで鉄鉱石から鉄を生成する技術が確立されたのである。富岡製紙工場などと同じ世界遺産にも拘らず筆柿が4人目のお客と言う事でセンターの方にしっかりと蘊蓄を語られてしまった。
 「龍泉洞」
 国の天然記念物と同時に日本3大鍾乳洞に数えられている。洞内は知られているだけでも3,600mで700mが公開されている。水深98m~120mの4つの地底湖は世界でも有数の透明度と「ドラゴンブルー」と呼ばれる深い青色の湖が芸術品のような鍾乳洞と言われている。
 「浄土ヶ浜」
 火山岩で出来た白い岩肌に松の緑が映える、三陸を代表する景勝地です。震災時には浜の水が全て引いて海の家の屋根に船がのってしまったと言われています。本当はここでサッパ船に乗って青の洞窟に行き浄土ヶ浜パークホテルで宿泊する予定でしたが、濃霧のため観光船は中止、岩も何も見えません。ショック!!
 「小袖海岸」
 浄土ヶ浜の濃霧で震災遺構「たろう観光ホテル」や高さ200mもの断崖に奇岩や怪石、海蝕洞窟が並ぶ「北山崎」の観光を中止。「じぇじぇじぇ」で有名な朝の連続テレビドラマ「あまちゃん」のロケ現場「小袖海岸」に直行。休日は北限の海女さんの実演がありますが、今日は誰もいません。
 ここ(久慈市)で泊まるのもなぁ・・という事でナビで「盛岡」設定すると約2時間40分。思案に思案を重ね、強行突破で盛岡まで車を走らせます。国道281号の山道を延々走ると県道32号、案内表示に二戸や九戸が現れて来る。「じぇじぇじぇ!青森県に入るの?」。今一つ信じられないナビですが、信じる物こそ救われる。と言う感覚に陥ります。高速八戸自動車道~東北自動車道で盛岡に。
 ダイワロイネト盛岡に到着したのが18時40分。運転疲れも忘れ、市内の盛岡冷麺人気店へ
07月10日(火)
 「レクサス盛岡~平泉(毛越寺)~水戸」
 フェリーで名古屋に帰るには偶数日の12時50分発で乗船手続きがあるため11時には仙台港に着いていなくてはなりません。当初計画は12日に仙台港発だったので、予定通り観光しながら南下する事に。
 「レクサス盛岡」
 流石に復興工事真っ盛りの中を走ってきたので車は泥まみれです。一寸でも車体に触れようものなら、ズボンが雑巾の様に汚れる始末。「限界だぁ・・」という事でレクサスオーナーデスクにコンタクト。洗車依頼出来る最寄りのレクサス店とナビのルート設定を依頼。レクサス盛岡が9時30分からオープンしていて洗車もOKとの事。この店で購入してないので、洗車は有料(2,000円)でしたが、オーナールームでコーヒーと洋菓子を頂いている間に洗車は完了。ペットボトル1本を頂き「お気を付けて!」のお見送りを考えれば洗車付きモーニングコーヒと考えれば安いかも。。
 「平泉:毛越寺」
 世界遺産である中尊寺金色堂が有名すぎて旅行客の殆どが中尊寺を見て帰られてしまいます。しかし、現世に仏の世界を現した浄土庭園や平安時代末期にみちのく黄金文化として5つの史跡をセットで世界遺産に指定されている。
 「取敢えず南下」
 「さて、山形の山寺、仙台に戻り松島遊覧を行ってからフェリー帰りにするか?、常磐自動車道を南下し相馬や浪江町そして福島原発等を見ていくか?」の判断を迫られた。この時フェリーなら後2泊が必要。成らば宇都宮辺りで一泊、三島スカイウォークを見ながら帰っても一緒かなぁ!という事で東北道を南下し始める。
 「水戸」
 宇都宮餃子を目指して走っていると「今日7月10日は納豆の日とのコマシャルが。「そうだ!3大庭園の水戸の偕楽園と是非行ってみたかった袋田の滝をみて東京湾アクアラインで帰る手があるじゃん!!」という事でSAに立ち寄り水戸にコース変更。東北自動車道から磐越自動車道そして常磐自動車道経由して水戸市に入る。
 水戸プレジデントホテルと名前は高そうですが1泊で5600円と安かった。水戸は納豆しか知らないので「塚田農場水戸店」でお疲れさん。
07月11日(水)
 「偕楽園~袋田の滝~東京湾アクアライン~自宅」
 「水戸偕楽園」
 珍宝柿のタグにあるように3大〇〇とかを制覇していこうと決めて行動しています。日本3名園に数えられている偕楽園は梅で有名なため水戸のお土産も梅に関するものが多数あります。さて、肝心の偕楽園は、梅の花が咲き乱れる時期以外は、庭園としての見どころが乏しく、御三家などの政治的理由が無ければ恐らく3名園に入らないのではと思いました。
 「袋田の滝」
 日本3名園の次は、日本三名爆に数えられている「袋田の滝」に向かいます。日光:華厳の滝(97m)、熊野:那智の滝(133m)と圧巻の高さと水量を誇りますが、袋田の滝は高さは120m程ありますが、滝壺にめがけて滝が落下する2つの滝とは少し異なる滝です。
有料ですが町営のトンネルとエレベータを利用すれば滝の真正面から見られるので、見ごたえという観点で言えば一番好きな滝かもしれません。
 「海ボタル」
 ここまで来たら是非立ち寄ってみたい東京湾アクアライン。自称、悪党党である浜田幸一(ハマコ-)の政治的事業で出来たと言われる公共事業ですが、今となって考えてみると、必要な施設であり、改めて先見性を持った事業だと思います。
 アクアラインは高速道路とは別料金になり、単純に海ボタルで遊んで帰って来ることも出来ます。高速道路と同じと思っていたので、海ボタルに行くには千葉県側から入り神奈川県に行くものだと思っていましたが、ナビは神奈川から入れと指示したので不思議に思っていました。神奈川のが早かったのです。
 「強行突破」
 兼ねてから宿泊してみたいと思っていた、富士山を望むララ・御殿場リゾートに宿泊して帰るつもりでしたが、海ボタルでホテルチェックすると高価な部屋しか空いていません。
 悩んだ末、5時間で自宅に帰れるならわざわざ泊まらなくてもという事で、本日帰る事に。23時過ぎに自宅に無事到着。
 今日だけで588.2km、全行程では1891.7kmとすげぇ距離を走破した事に成ります。
 それにしても楽しく自信が付いた旅だったので行ける時にまた行こうと思います。
07月12日(木)
 「
07月13日(金)
 「
07月07日(土)
 「仙台~石巻~女川」
 さて今日から被災地を見て回ります。
「仙台市:荒浜地区と荒浜小学校」
 仙台中心部から10kmの太平洋沿岸部に位置し、歴史ある運河・貞山掘が流れ、周囲に800世帯2,200人の集落と海水浴場がありました。海岸から700m内陸に位置した小学校は、震災時には320人が避難し、2階まで津波が押し寄せた。小学校の屋上から助けを求める映像はこの小学校である。800世帯あった住宅街は住宅再建が認められない震災区域に指定されたので、小学校の周りは荒れ果てた草地で覆われている。小学校のみ震災遺構として仙台市が一般公開&管理している。
 「石巻市:石ノ森漫画館」
 仮面ライダーやサイボーグ009を生み出した漫画家・石ノ森章太郎の世界を体験できるミュージアムです。津波の被害を受けたにもかかわらず、奇跡的に建物が残存。そのため、3階は臨時避難所として機能した。1年8箇月の改修を経て2012年に再オープンした。
 この漫画館から駅までの漫画ロードにサイボーグ009や仮面ライダーのモニュメントがたくさん並んでいる。
 「女川復興街づくり」
 女川に来ると「すべて新しく生まれ変わった街」と言う印象を受ける。津波で全てが流されてしまった事もあり、いち早く復興を願う商店街が立ち上がったところです。駅前からの商店街は新駅などが出来て市街地が新しく形成された様なイメージです。
 ここでは、「壁ドンより女川丼」のキャッチフレーズで有名な岡清さんでウ&ニイクラ丼を頂きました。既に観光地化しているので、12時ごろでは売り切れてしまうので早めがお勧めです。
 復興商店街を見て回っていると、全てが段ボールで出来た「段ボールギーニカウンタック」を展示しているお店を発見。因みに展示車は走りませんが、最新の3号車は走るそうです。「大川小学校」
 3.11を語る上で避けて通れない「なぜ!大川小学校だけが!」と言われている。
津波が地震発生後およそ50分経った頃に三陸海岸・追波湾の湾奥にある新北上川を遡上してきた。この結果、河口から約5kmの距離にある同校を襲い、校庭にいた児童78名中74名と、教職員13名中、校内にいた11名のうち10名が亡くなるという大惨事となった。普段から避難に関する教育を徹底し児童らだけの自主的避難により99.8%が無事だった釜石の全小中学校や、地震直後より全員高台に避難させ在校児童が全員無事だった門脇小学校とは対照的である。現場に行くと普段から遊んでいる裏山が直ぐ真後ろに有るので、何とも言えない気持ちに襲われた。
「釣石神社」
 縁結びと夫婦円満、子孫繁栄にご利益があると言われている神社です。御神体は、断崖からせり出した”落ちそうで落ちない。”巨石” 。幾多の災害でもビクともしなかったことから、受験生の神様として人気を集めている。階段の白いマークのところまで津波に襲われた。勿論神社は津波に流され再建築されています。
 仙台のホテルに戻ると「2日連続で牛タンはなぁ!」という事で、勝手知ったる「そうだ!塚田農場仙台店」へ
07月08日(日)
 「松島~南三陸~気仙沼~奇跡の一本松~釜石」
 「仙台市:松島」
 復興めぐりの前に、日本三景の一つである松島へ立ち寄ります。松島は相方とツアーの途中で立ち寄っただけで、国宝である瑞巌寺を訪れなかったので、御朱印帳を持っての訪問です。
「南三陸町:さんさん商店街」
 さんさん商店街の対岸に見えるのが防災庁舎です。この庁舎はづ町職員が「大津波警報が発令されました。高台に避難してください」と最後まで防災無線での呼び掛けて多くの命を救った事で知られています。放送室に駆け込み、防災無線のマイクを握り「6メートルの津波が予想されます」「異常な潮の引き方です」「逃げてください」 と呼び続けたそうです。この放送で南三陸町の住民約1万7700人のうち、半数近くが避難して命拾いしたとの事です。なお、この庁舎の屋上2mまで津波が押し寄せたため、アンテナにつかまった人と手すりに捕まり必死に耐えた10人が助かっただけで、放送で呼びかけた彼女の姿はなかったそうです。
「気仙沼市:巨釜半蔵」
 奇跡の一本松に向かう途中の気仙沼市にある景勝地です。海蝕された大理石の奇岩が見どころと聞いていたので、20km程回り道して行ったのですが、何でも津波で高さ16mの石柱が3m程に折れてしまったそうで、人気の少ない寂れた観光地のようでした。
「陸前高田市:奇跡の一本松」
 日本大震災の津波から奇跡的に逃れた一本の松。しかしその後保護に力を入れましたが残念ながら枯れてしまいました。その後、復興のシンボルとしてモニュメントとして作られました。高額な費用をかけての保存には賛否ありましたが、記憶にも深く刻まれている事実から考えても、復興の象徴としていつまでも残しておくべきだと考えます。
 奇跡の一本松へは駐車場から徒歩で復興事業の中を10分ほど歩かなければなりません。車を降りてすぐ目的地に行けるわけではないので、「ただモニュメントとして一本木があるだけなのに見る価値は?」と感じる人もいると思います。でもそこから何を感じるかは人それぞれです。私は行って良かったと思います。
確かに分割された幹は防腐処理がされており、金属製の心棒が木の中に通されています。また、枝葉部分は完全なる複製で避雷針も設置されています。でも、この場所であの津波に耐えて残っていたという事実には変わりありません。その場所に自分も立ったのだと思うだけでも、この地を訪れる価値はあると思っています。
 昨日の女川丼、本日のキラキラ丼と昼食が豪華絢爛だったので、ローソン釜石でビールとおにぎり&唐揚げを購入して宿であるルートイン釜石へ